読んでみました「国家の品格」

 いろいろ議論がるようですが
私が読んだ感想はこのようなものです
私の感想 by Booklog

 正直 かなり突っ込みどころ満載というか 作者自身の意を汲み切れてないのではないか 。編集者の問題があるのではないだろうか。
 作者かなり妥協したのではないでしょうかと感じられる本です。

かなり私も情緒的な批評をしてしまいました。

 率直にこの本は右の人も左の人も??と感じるはずなのですが。


 やっぱりここに掲載します。
この本を評価しろというのは到底難しい 論理 合理的精神の限界論 確かにそうであるが。
 基本となる論理と整合性が基盤に無い情緒は国家の精神構造に極めて悲劇的な結果になると思う。
 また、 この本の書き出しは欧米諸国への礼を欠いている。

 中世の文学がカンタベリー物語程度で進化していない物言い 数学も東洋より劣ると紹介しているが 、
 人間がある程度の文明をきづいているのであれば 相応の科学力を持ち合わせているわけ 確かに欧州はキリスト教による有意なパラダイムが働き科学や著作物に制限があったものの科学の追及 文芸でも 日本同様 高度な水準を保っていると評価できる。 
 国家の品格というものが patriotism というのであれば また武士精神というのであれば、 他国 文明諸国はバカ呼ばわりするのは非礼だと思う。
 また民主主義 や共産主義が美しい論理の上に立っているというのはおかしい。 
 主義と呼ばれる政治或いは思想 イデオロギーが論理的に成立しているというのはまったくおかしな話です。
 思想・政治でいう主義は極めて情緒的な形而上的な要素を多分に持っている。 
 仮に民主主義が合理的に成立しているのであれば 国家の善悪の判断 罪と罰の量刑問題を 裁判という非民主主義的な法律実証主義で裁く必用はないのである。
 AならばBである でなければCであるという 論理の上に民主主義が成立しているのであれば 選挙も裁判もいらないのです。マイノリティーな民意 メジャーな民意を 国民が判断する必要はなくなる。
  論理的な主義な上に情緒を多分に加味することは極めて論理の破綻を起こしていないでしょうか。 民主主義の法律が美しいというのであれば、すべての法文をウィトゲンシュタインの真理関数の命題式の上に置き換えればよい しかし民意や愛国心の形成はそういうものではない。

 作者自ら武士道信奉者と明言し 会津藩の藩是等を紹介している。
此処でいわれている武士精神というのは 新渡戸稲造の武士道なのか それとも 葉隠 なのか 何をもって武士精神といっているのだろうか 不明瞭である。
 武士精神というのであれば 五輪書にも言及しなければならないのだろうか。。
 そもそも武士道は徳川パックスの天下泰平を維持するために
制定した武家諸法度の解釈の派生です。
 武士道で国の精神は構築できないのですよ。
また新渡戸稲造や近代の歴史小説のせいで武士道というのが日本人の精神基盤と思っていることが、大変な間違いであると 思う。
 日本人は稲作を主体とした農耕民族であり山海の幸を頂戴する民族である。 ゆえに天皇家の神事も稲作による国民の弥栄を祈っているのである。
 日本の祭りの主たるものは五穀豊穣である 此処に日本の精神基盤があるのです。
 かなりこの本の主張は日本の古代からの日本人の精神の形成を無視し 近代における一部の精神論だけを日本の精神として 勝手に憂慮しているだけではないのだろうか。
 本当に理学部数学科を卒業し コロラド大学で数理の教鞭をとった人間なのだろうか。
 民主主義の致命的な欠陥は科学的真実が排除される可能性が高いのである 、されど 民主制度は民意の質を反映しその代表者を選ぶ 排除できない合理的な制度などである。
 誰もが多数決の欠点をしているように 国家の品格を醸成するためにはまず必用な事は 日本の伝統・文化・歴史を認識し評価する事 日本人が形成してきた 強い美徳を誇りに思えることが最も重要なのであり、そのための日本とはどうあるべきかという国論を議論することである。
 国論は 世論とはイコールではない。
 まー「国家の品格」というのならば 内外の外交儀礼に恥じない著述であれば良いと思う 欧州キリスト原理主義の罵倒から始まるのは減点 これが特定アジアの諸国に対しても敢えて、  品格をもった著述をすべきです。 
 美しい日本語で それが品格であり 日本民族の品格を内外にアピールしてもらいたかった。
論理の遺棄を薦めているのだから論理破綻でいいのか  ただ この本を読んで 論理を軽視する人が派生する人がでてくるのが懸念です。  

 この本に品格がないのですよ薄い!薄すぎる いろんな意味で

オルテガに似てる 話の進め方が