フラクタルランド 魔法の田んぼ のあとがき

物語の構成の狙いは表面的には分数の計算と不合理な比例配分(1にならない配分)の解決方法を王国に置き換えて書いたのですが、私が感じる大切な事はequality 平等 fair 公平
の考え方の峻別が 弱くなっているのではないかと思います。

分数を教えている小学生の参考書 教科書をみると リボンを等しく分けたイラスト やケーキを等分に分けるイメージばかり教えられている、 そこに道徳での平等論が付加される

すべての事象に対して等しく分けようとする この事が正しいのだろうか、 スタートが全て等しくてよいのだろうか?

実際の生活で 均質に割り切れる問題は稀である。

それは子供のお小遣いや おやつのとりわけ の段階からそうである。

兄弟のいる子供はよくこういう事を考えないだろうか

 「お兄ちゃんばっかずるい」

「ママは赤ちゃんばかりかまって ちっともかまってくれない」
しまいには「誰が一番すきなの?」 「私なんかいらない!!」
なんて事になってしまったりします。

 こういう純粋な悩みで子供にとっては死活問題

親にとっても答えるのが難しい問題

 大人でも恋愛関係やビジネスでもあるシーンだ
三角関係や 結婚を控えたときの整理w 
 取引関係 日中米露関係w

まーオダギリのどうするライフカード状態?をどうするかが

実際最も大切なことであると考えています。

投資でも リスクヘッジの配分の割合をきちんと考えないで
等分に分けたら 効果的な利益も損失も得られないわけです。

比例を考えるときはそこには様々な条件と理由の合理的な必然性が要求されます。

そこを考える力が日本の教育に失われていると思う。

今回のお話は 長男次男三男と降順に設定したかもしれませんが 王様が王子の特性を見抜いて判断したなら、もっと違う配分がある分けです。

そんな事をバスの中で思いながら思ったわけです。

おかーさんがひと言 「ママにもひとつ頂戴」といったら
 きれいに割り切れたんじゃないかな。
それぞれに理由をつけて巧く配分するとか
 がんばっていい子にしてたから何々ちゃん何個とか なになにだから何個と兄弟が納得する配分を提案してあげるとか?
もしくは ママ全部食べちゃうとか いろいろあるでしょ

と思いながら考えたお話でしたww

それから こだわりなのですが数は意外と曖昧なものなのです。 0や無限 無理数 そんな事を考えると 
「数字は嘘をつかないとか 絶対だと」いうひとには眉をひそめましょう。
人間の数学力じゃまだまだわからない事がたくさんあります。