子供の騒音で殺人とどこが違う 社会と司法の思考麻痺

日本経済新聞 2007年11月19日社会面43
子供の「騒音」対立やまず
の記事より事実のみを以下に抜粋する。
東京地裁八王子支部は10月1日
東京都西東京市「いこいの公園」に対し噴水と子供の騒音の差し止めを命じる仮処分を決定した。

仮処分の申請者 女性68歳

裁判所の決定要因
女性68歳宅で計測された音量は約60㏈ 此れを都の騒音規制基準50㏈を超えているから、裁判所は「子供の声は騒音」と認定。
市側に対し、「騒音を予想できたのに配慮にかけている」とし防音対策の不備を指摘!!
写真
以上が事実である。

ここで補足をしなくてはならない。
記事は、この仮処分申請者に事情を聴取している。

女性の思いと裁判所の決定がまるっきり違う意志を持っているのだ。

女性は「三十年以上ここでくらし、私自信子供も育ててきた。。」公園に防音対策をしてもらいたいという気持ちで申請をした。

此れを、裁判所がなぜか、子供の騒音に摩り替えた決定をした。

またこの記事では周辺取材も行っている。

公園に隣接する民間病院は「入院患者からクレームはない、公園で子供達の声を聞いて元気になるという患者もいる」

近所の主婦は「子供は騒ぐもの、さして、気にならない。」

市にはメールや電話100件の問合せ。


大変な騒ぎだ。

私は、思う公園は社会資本であり、住宅地の公園は子供が遊べる安全な場所である。

 そして、子供が遊ぶ声は健康的な自然現象であるから、公園に付随した
自然環境であると認識すべき。

また商業的にも、公園は住宅地にとって付加価値を生むものであり、子供の遊ぶ場所があるから、新婚さん、子育て世代に宅地が売れる重要なインフラである。

即ち、そこに子供が遊ぶ公園があるのならば、防音対策を施さなくてはいけないのは、市ではなく、個人で対応すべき話である。
また騒音は個人差があるものであって、一様に都の騒音規制基準50㏈だからといって、騒音と認めるのは軽率過ぎる。

この手の問題は公園だけでなく、幼稚園 保育園 小中学校でもあるらしい。
例えばブラスバンドの練習に苦情、週末の校庭開放のサッカーなどのコーチ、子供の声がうるさい、府立高校の校門の開閉音がうるさい、、幼稚園の園児の声がうるさくて、やすめない。


バカなんじゃないの。少し。

しかし、今回の決定は明らかに裁判所の決定事由がおかしい。

裁判所は基準と照会しただけ、社会資本の機能性と付帯環境を認識していない。

しかし、西東京市もバカだね。不服申し立てをすれば良いのに、闘わなかった。
こういう怠惰な姿勢が行けないと思う、
ちゃんと議論すべきことをしないと、
法律原理主義になって、極めて危険な司法、社会体制が出来上がると思うよ。