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暇なもので マイミクさんにお節介

思想の中の数学的構造 (ちくま学芸文庫) 2・歴史観の数学モデルより

いったいどれくらいの歴史観があるのか?
 それらは数学的モデルで表現ができるよ!
例えば
 古代ギリシャの歴史観は退歩史観である、現在を黄金時代として、銀の時代、真鍮の時代、鉄の時代になる
 つまり現在を黄金期とすれば時代が進むにつれて人間は堕落する文明になるという考え方、

 一方の歴史観は文明の発達は時間の経過とともに正比例するという進歩史観がある

進歩と退歩があるならば、中間の文化は進歩もせずに退歩もせず、一定の水準を保つ

これらの表現をY=ax+bと表現できる
つまり、進歩史観はa>0,退歩史観a<0、一定の水準を保つのはA=0というグラフが描ける
此処ではグラフを描くのが大変なので、簡単にいえば、右肩あがり 左肩あがり 水平線であるということ。

しかし近代になると、文明はやがて等加速度的、或いは指数関数的に増加すると考えられるようになった。
現代における人口増加、科学・技術的の情報量の蓄積をみれば指数関数的に増加している。
つまりy=ax^2+b(a.,>0,b>0)或いは、Pa^2となる

しかしこのままでは誰もが予想を付くように、進歩は限界に達し、失速し、人々は安定を求めるよううになる
そう、今論じらている環境問題やサブプライム問題、原油高といった投機の高踏と失速懸念のように

つまり上昇と抑制と安定の繰り返し作用が起こるわけである
つまり三角関数的上昇曲線を描くということです
 つまりサインカーブの上昇曲線 y=sinx+bに直線的上昇を加えて、y=ax+sinx+bを描く
この歴史循環モデルを考えたのがなんと中国宋代のショウ コウセツ(1011−1077)
中身は本を読んでねw
そんでもって遅れてイタリアの18世紀歴史哲学者ヴィーコーがあらゆる民族は興起-進行-隆盛-哀亡ー終末といったプロセスをき
次に民族の交代期がおとずれその連続サイン関数的曲線を描くと主張した
一例
オリエント-ローマギリシア-ゲルマン
となる
さて、次なる歴史観はヘーゲルの歴史観と唯物史観すなわち弁証法的歴史観
唯物史観は、民族でもなく国家でもなく階級といったヘゲモニーを渡り歩くと考えた
人類は最初 原始共産制により平等で支配される-しかし、私有が生じてギリシアローマの自由市民の支配がはじまり、奴隷制が生まれる-次に近代ブルジョアつまり封建貴族の支配、そしてブルジョアジー革命がおき資本制を作る-しかしその絶頂期も過ぎると資本制も崩壊しあたらしい主義が台頭する それが現在の資本民主主義なのだろうかしかしこれはまだ安定していない

という事がかいてあります。

つまり、人間の歴史や文明は有る一定の周期の基に成長をするということであると私は支持しています

資本主義や現在のリベラル的民主主義も保守的民主主義も幾多の矛盾を抱えて崩壊する前提となっている。

おそらくアメリカ式民主主義は終末に来ていると考えている

次に台頭するイデオロギーやシステムがなんだかはわからない、現実的に考えるといろいろ難しい

福田首相サピオがすきな経済学者 サックス、ボノを従えているから知っていると思うが、あれは夢物語だしとか・・・・

と、いろいろ思うわけで、サックスvsイースタリーの論争は大変興味あるところなのです

わき道にそれましたが、最近の関心事なのです。