前述の日記 「愛が足りない」で、本論から逸脱したコメント

「元来「僕」というのは江戸時代の頃から、武家にたいする、商人の
遜りと皮肉から使われ、其れを洒落として、明治の学生や文壇の士が使った言葉である。

 昭和の時代に色気漂う女性が、童貞をさして僕と呼んだり弄ったりした言葉である。

 男が自ら「僕」を呼称するようになったのは本当は嘆かわしい事なんですが、 ようは 下僕の僕 なのだから

 SMのMの立場を公言しているようなもの、人権の無い言葉なのであるわけで、其れを女性が使うというのはどういった事なのだろうか?
と思うわけです。

 尋常小学校で陛下に対して未熟な僕という意味で、子供達に一人称を僕にせよ、という通達があったとの説もあるが確かではない。

 それが、現代の時代の学校教育に残っているのなら問題である。
私の小学校の時代は、「私」という言葉を強く躾けられましたよ。
 先生に「僕」なんて使うのはよしなさいといわれた。

 プライドを持った男なら決して僕という一人称は使わないし、人さまを僕という事もまずない。

 もし、遜るなら、きちんとした言葉があるわけです
「身共」「拙者」「某」「手前共」「小職」 「当方」
女性なら「妾」「わたくしめ」という言葉がある 

 一人称の呼称も理解できないようになったのだろうか?最近は

女性人権団体は反論しないのだろうか? 」


て載せて、電話やメールやお袋に聞いたところ、いろいろな現象が
聞えてきました。

 ① 友人の証言
  「北海道では、親が子供に僕と言う言葉を一人称として使うように指導します。

 ①’上を受けて北海道のマイミクさんに聞いたら 本当でした!!
    俺との対語としてらしい。


 ②母の証言 「あなたが小学校の時の国語の教科書には「僕」と書いてあった。

 ’ ○○先生は 私に拘っていた。

 ’’ 卒業式の時 「僕達、わたしたち・・・・」と常用句になっていた。
 ’’’
 ③同級生の友人
  「俺達の時代、小学校5年生くらいに、「僕」の問題がPTAであったらしい、 で 全国的に 「僕」を「ぼく」にするという全国統一があったらしい。」

という事は、なにかい

 時代の流れの中に僕という漢字は忌みして、音だけ「ぼく」を採用したという事???

 で、男の子は「ぼく」女の子は「わたし」も統一された。

だけど、だれが、どのように其れを決めたの、教育審議会?当時の文部省
? それとも、教育委員会、それとも日教組

 いったいどういう事なんだろう、調べてみたんだけどはっきりわかりません。

だれか教えてください

 これって意外に重要な話じゃないでしょうか?

 教育と文化的意義にとって大きな問題だと思う

広島大学図書館所蔵 教科書コレクション の
あたらしいこくご 三年上
著者等 : 柳田国男編 1951(昭和26 )では ぼくがすでに採用されているのを確認した。
http://cross.lib.hiroshima-u.ac.jp/scripts/mgwms32.dll?MGWLPN=HRD&RTN=ENT^HRD510J&id=60356