今日は国立新美術館で開催中の没後120年ゴッホ展を見に行ってきました。

彼の悲劇は共感する事はできても、同情はできない 絶対に

もし、わたしが彼の友人のミリエだったとして、いや アルルの黄色い家で9週間ともに過ごした、ゴーギャンだったとして、

彼の生き方を肯定できるものではいと思う。

100年後に自分の自画像が愛される事を願っていたのだろうが、彼は優れた才能の上に努力家であり
すばらしい刺激を超高速で吸収できる、芸術家だったと思う

だけど人間としてどうなんだろう 彼の生涯で女の匂いはしない、
子持ちの娼婦シーンやモデルの女性の妊娠問題や女性が服毒自殺したり
そして弟テオに頼り切った生活
なんかおかしいでしょ

32歳に初めての油絵を描いてから 描く静物画同様 かれの描く種を蒔く人 掘る人や老人の絵はみな生きているとは思えない
みんな暗く疲れているようだ。

32歳で神学校あきらめて画家を目指していろいろ勉強始めた頃のポプラ並木などはすばらしいと思う

そしてパリにいきロートレック、モネと知り合い 強烈な色彩感覚を吸収して、ジャポネスクも取り入れ、芸術家として
申し分のない才能を開花させた でも彼は技巧を追い求めすぎた、 ゴーギャンとの生活は多くの芸術的野心を満足させる
事ができたはずだが、どうやら 彼自信それを壊してしまったようだ。

そして彼はサン=レミの療養所から見える範囲の風景しか描いていない
描いたのは友人のミリエと診断しているガッシュ博士だけ

32歳で絵を描き始めて37歳で死んじまう

これだけいろんな人を巻き込んで、自分の技量は開発したかもしれないけど、確かに技巧は論理的で色彩もすばらしい。
だけど自分を表現して、収穫をする事ができなかった。
それじゃまったく意味ないと思う、種を巻いたら ちゃんと収穫して、ご飯を食べていかなくちゃ

ゴッホは人を愛せなかったのではないか。

孤独に耐える前に酒や他のものに溺れたんじゃないの

人のぬくもりは探さなかったのかな。

悲しい奴だとおもいました。

そして馬鹿野郎なやつだとおもいました。

気持ちはわかるよ

でも生きてる世界が狭かったね。

残念な奴です。

と思いました。

2枚とっても気に入った絵がありました。
ゴッホの絵ではないが

ギュスターヴ・クールぺ マグロンヌの地中海風景
この絵 とっても静かなのに音が聞こえてくるんですよ

シャルル・ドーピニー 四月の月(赤い月)
深淵な夜の森に赤い月が かれた木立の間を流れる小川の水面にその赤い月が執拗に力強く描かれている
これは欲しい

この二つ ネットに転がっていない

メスダッハ美術館まで見に行くしかないな・・・・