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入院中 本を読もうと 普段読むわけもないものを読んでみようと

左翼系の戦争教育論と ルターの宗教改革についての 新書を読みあさった

それなりに矛盾を感じる事はあった特に明治からの日露戦争から 第二次世界大戦までの思想操作 と教育は左翼の彼らの言うとおりと非常にシンパシーを感じる点がある

40年も保守よりに考えてきているが ここにきて 完全な右も左もないということに気がつきはじめている。自分がいる。 本来右も左も 政道にいたっては、遺伝子のような螺旋構造になっているべきではないのかと 思っている。

軸足は右で保守にいますが その右がどれだけ正しい右なのかは非常に疑問である
今の日本を何を保守しなければならないのか?

今の右には日本という歴史と文化と思想体系の変遷を正しく述べているわけではない
今の右というのは 戦後55年体制を保守するという意味でしかないのではないか?

では戦後55年体制は正しい判断をしてきたのか? そうではない?

先の大戦突入は明らかに政治と軍事と国民自体の失敗であったと思う

これを正というわけには行かない

ただ、その犠牲になった英霊の御霊、国民の犠牲者には礼をつくさなければならない

そう思う。


さて表題の意味するところについてだ ルターの宗教改革について調べていました

カソリックの保守的 腐敗構造を批判して改革を叫んだルターだが

かれが大きな声で 叫び続けた事は 難しい話ではなかった。

単純で正直な言葉であった。


彼は キリストや聖書の精神を人間の作為的な解釈から 自然の理解へ返そうと叫んだ心の叫びは


「酒 歌 女を愛せぬものが、どうして神を愛することがあろうか」
しめくくりに
「しかし、僕らはばかではない。」

「つまり 酒と女と歌を愛さぬものは一生の間ばかのまま」


実に正しい。

私はそう思う

一言言わせていただけば、
いささか男性視点でありすぎるが そこは時代ということで理解します

今であるならば 女性も男を愛し 子供を愛し 

男女ともにたくましく愛し合える事が大切なんだと思う

そして嫌うということも大切な事だと私は伝えたい