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思考

私の大好きな劇画 「首斬り朝」 小池一夫小島剛夕の話に「職人」という
素晴らしい話があります。
首を斬られる大工の棟梁の話で「職人」の真髄を描いているのですが
今回は話のあらすじではなく 小島剛夕先生の人物描写について

大工の棟梁が宙で鉋をひく素振り、樹の感触を触る素振りを土壇場を舞台に描いているのですが
まさに職人の話を凌ぐ巧妙な筆走り まさに ペンでパントマイムを再現しているかのように
二次元の世界に本物の職人とその空間を描いている。

この絵は是非見て欲しいと思います。

小島剛夕という天才だから描ける職人芸なんです

職人だかから 他の職人に繊細なタッチ、息遣いを正確に感じ 再現できているのだと感じます

藝術にしてもスポーツにしても その感覚、世界を感じると まったくものの考え方、見え方が違ってきます

武蔵の枯木鳴鵙図にしても 剣の技を極めているからこそ 藝術や筆使い 僅かな力 呼吸 スピードを自在に操れる

故に見事な筆を取ることができるわけです。

そして 表現しようという人間の思考に身体が素直に反応することができる

ピアノもそうだ 16 32 と音符が増えても一音一音 気持ちをいれ音を落とさずに、フレーズを自在に弾きこなせる

この感情を表現するには この技法 この力 この腕の振り と

引きこなせば弾きこなすほど 自然に技がでてくる 

今まで理解できなかった 人の言葉、テキストの言葉 指番号

頭だけで考えて出来なかったことが、各々の堺を超えれば なんなく 身体が頭で理解できない
技術を身体で弾きだす事ができる。

これは不思議なことです。

これは何かを極めようと努力をしている人以外わからないことだと思います

「あたまで考えるな 心で感じろ」を体現するまでには 

己の身体を鍛えるしかない

そして身になるまで 己の苦痛と迷いに打ち勝つ、時間に耐える脳みそをもっていなければならない

職人の域に達するということは 五感すべてを駆使し修練しなければえられないものだと
実感ができていく

なにかをやり続ける大切さ

それが、考え悩むエネルギーを軽減してくれる
なぜならば五感すべてが脳の一部になり 機能的な表現を引き出す力になるから

心で感じる 悩むということは 自分の身体か適応していないから

そういうことなんだ。

心技一体と簡単には言えない

研ぎ澄まし それを自在に使う事が そして 生きる道具として 身体と頭と心を使いこなす。

感じる事をもっと真剣に取り組んで行こうと思います。

Don't think.FEEL! It is like a finger pointing away to the moon.

Don't consentrate on the finger,or you will miss all that heavenly glory
ブルース・リー 燃えよドラゴンより
この言葉を引用するのはこれで二回目かな