テキストのコミュニケーションと公開日記の狭間で(謝意)

個人の日記には通常第三者のコメントは入らない
しかし
公開日記はコメント欄がある当然、不特定多数コミュニケーションの場
が派生する。

またSNSというのは原則的に個人が招待した連鎖による。ある一定の閉ざされた空間が成立している。
 
原則的に知人に対しての公開である。
其処が、ブログやチャットサイト 掲示板とは違うところなのである。
この条件の認識を間違えるとSNSの意義は崩壊する

ここでいうマイミクというのは、原則的にIDを持つオーナーと個々の知人との1対1の関係で繋がっており1対1の連鎖である。
ミクシーでは コミュニティーという概念があるので1対多の機能も存在している

即ち現実社会での同時空間 同時情報の共有は原則的にはない
現実にはマイミク同士が友達であれば、情報共有はありうる
しかし、SNSの関係上 話題の情報の共有の自由度は「1」なのである。

しかし、この空間の情報制御は極めて難しいという事を体験した
IDを持つオーナーとマイミクは原則的に信義にもとづいた友好関係にある

日記に対してのマイミクのコメントは歓迎されるものである。

しかし、個々の主旨のベクトルが違うと非常に難しい情報の制御をしなければならない事にきがついた

先日の日記がまさに事例となる現象である。

今後のSNS利用の参考として備忘する。

現象を客観的に整理すると
? 私とマイミクAさんとの閉ざされた話題?による日記を書いた
? 日記は話題?に対する肯定及び、逆説を含んだ私の価値観を伝達する内容を掲載
? 直後、マイミクBさん日記の内容に対する反証 質疑を含んだ一般論を記述する
? マイミクBさんのコメントに対する。感想と質疑に対する回答を記述する
? 私の認知判断のミスが発生!!マイミクBさんは日記のメッセージ先を推定して、メッセージ先を間違えなく特定しているとの、誤判断をする?上記の御判断に基づいて日記本文に補完とする内容を記述する
?状況的にマイミクAさんに対して誤謬が生じている可能性を察知する
?察知する要因として、マイミクAさんの新規の日記タイトルを反論メッセージと私は受け取る
?ただちに懸念が生じているという推測に基づく、コメントを書く
?その後マイミクAさんとの別チャンネルとのコミュニケーションをとり始める。
?こじれ始める
?修復不可能な状況に陥る
?マイミクBさんは?のコメントに対してさらに持論を含む一般論を展開する
?打ち消しを計ろうとコメントのうち消しを比喩表現を用い記述する
?マイミクAさんとコミュニケーションは崩壊に至る
?マイミクAさんコメントを記述する。
?マイミクBさん日記の内容がマイミクAさんに対する日記と認知する
?マイミクBさんマイミクAさんに対して謝罪を掲載する

参りました!!。関係者三人に悪意はまったくないのですが、
SNSの空間環境の危機に陥りました。

実際、関係者三人の心の内はどのようなものなのかは計り知れませんが。

結果惨憺たる状況が続きます。

この時点で客観的な状況分析は以上としておきます。

次に少々感情的に表現させていただくと。

日記本文において、本を読みなさいという能動的な表現はしていない。
また日記本文の前文において、「私の読書の姿勢という事で再掲載する事にしました。」と前置きし 結びは私の主観として、「読書ってそういうもんなんじゃないのか 」という私の価値観であることを示唆している文章に終始したはず。

また、マイミクAさんが掲載した話題?の日記のコメントに対しても
「本は無理に読まなくて良い旨」を掲載し、削除しましたが 第三者による賛同のコメントが掲載されています。

結果マイミクAさんにもマイミクBさんにも日記本文の主旨が伝わらない
私の問題なのですが。

価値観の押し付けのようなコメントと取られるのはご容赦願いたい。


日記本文は親愛をこめたメッセージとして掲載したのですが、

如何ともしがたい状況に陥り遺憾であります。

ひとえに私の文章のつたなさが招いた結果

申し訳なく思っています。