此処彼処

ピアノの練習は
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人の心の咎
「花見んと群れつつ人の来るのみて あたら桜の咎にはありける」
                           西行桜より

何が人なのか

桜には咎はなく、人の心の煩わしさに咎がある。

どんなに愛でる気持ちを持っていても

桜には関係ないこと。

人の形をしたお地蔵様や仏様、人は敬うが、猫や犬にとっては只の石の塊なのであろう

私の心もそのようなものであろう、

人からみれば只の変わり者、あってもなくてもよし、

そうなんだろうなきっと。

人の咎とは思う事なんだろう

例えば、
地球の環境、人類の未来を考えたところで、

いずれ、太陽の膨張と共に、地球は生物が棲める環境ではなくなるし

いずれは太陽系そのものもなくまる

何世代までの人類の事を思っているのだろうか?

人類が、星の一生に勝てるとでもおもっているのだろうか?

人類が一番邪魔なのに。

私の存在もそうである。

誰かのためにと思っても、それは煩わしいだけなのかもしれない。