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今この日本で“ワンピース”的思想が拡大するならば

先月2月9日に放映された、クローズアップ現代  漫画“ワンピース” メガヒットの秘密をみて私は恐ろさを感じました。
2011年3月11日の大震災と復興の中から 「ワンピース」のいう所の仲間と絆という拠り所が現に溢れているというのなら、恐怖を覚えます。

端的にいうと仲間というセクト化がはじまるのではないのだろうかと感じるのです

一人の生きるための欲求や価値観のために仲間が構成される。
一人のカリスマ性に追従し、その仲間社会の構成員としてその仲間社会を守備し攻撃性を持つ
つまり、新興宗教や思春期に達するまでに自然発生的におきる 狭義な社会性を持つということである。

かのマックスウェーバーは「セクト」とは「社会に対し、強硬的かつ断絶的な姿勢を持つ過激主義的宗教グループ」であると定義している。 つまり本来多様性のある見識、見解に対して、未成熟で狭義な価値観をもち それを自ら保守し続ける。その意義が詭弁であり論理破綻をきたしたとしても 仲間という社会に保護され、その仲間社会に守護されたカリスマ性が強硬的かつ断絶的な姿勢を持つ過激主義を生み出す危険がある。

仲間という社会性は個人にとって時系列存在する一過性の社会派性にしかすぎない、一過性であれば、自らの精神的成長、見識性の成長
その現在における立場による必要性により、テンポラリーに構成されるものである。そして、その一過性の仲間社会には成功もあれば失敗も存在するのである。そして、時がすぎて、成功、失敗に問わずその体験を共有し分かち合える事ができる状態が同窓社会というものになる、そして その時にその仲間同士にニーズがあれば、仲間社会は再生される。 
「ワンピース」のいう所の仲間と絆は「永遠の仲間」という踏み絵を背景にもち、そしてその仲間社会を永続的に守護する事に忠誠を近い
その狭義な思想と方向性を保守し続ける事を課せらる、状態へと発展しかねない。

最終的には忠誠か滅亡かを選択を強要する攻撃的な社会体制を派生させるのではないだろうか

もちろん今に日本には助けあいが必要であり一時的な連帯は必要であろう、しかし そこで得た社会性を他社会とのと価値観を比較する
社会性をもっってしまったら 攻撃性を持たざるえなくなってしまう。可能性も高まるのである。

仲間意識というものはその有り様によっては危険な社会性を潜在的に持っているということを認識しておいたほうが良いと私は思っています。

かつて描かれたドラマは決して永続的な仲間社会はもたなかった
スパイ大作戦はテンポラリーで信頼の上になった仲間構成
七人の侍もそうであった。
ルパン三世も原則的にはそれぞれの行き方の上にある

つまり 直面する危機に必要なスキルを持ち合わせたものがあつまり、そして最後は必ず解散する。

しかし社会が拡大し、社会という共同体がうまれ共通の利益の上に成り立つ社会になると国家という独裁制を生む危険もはらんでくるのである、 宇宙戦艦ヤマトのような玉砕心が生まれたりするわけです。

これは本能的に人間誰もが持っている、特に家族であるならば身代わりという犠牲心も持っているのであり

その価値観が共同体の正義となるわけです。

正義というものもそれぞれの社会共同体の思想の上に形成されるもであるから、正義のユニオンはありえないわけである

日本の正義もありますし
北朝鮮の正義もあり 中国 ロシア シリア 等それぞれに正義は存在し、各々、正義の行使を行なっているのわけです

つまり仲間という意識のコントロールを間違えてしまうと その仲間社会はが強硬的かつ断絶的な姿勢を持つ過激主義を保有するということということを認識しておく必要があるのではないかと考えます。